子供のころ(小学生のころ)坂本竜馬が暗殺され、真犯人は不明という内容の番組を見た。子供心に思った。そんなに昔ではないのになぜだろうと。数百年前に起こった本能寺で信長を殺したのは光秀だということさえわかっているに。ある意味で不思議である。
ところがさらに下って昭和にも真相が解らないことがある。例えば「日中戦争の勃発となった最初に弾丸を発したのは日中どちらか?」「ノモンハンは本当にソ連に負けたのか?」である。前者は日本と中国側の言い分がまるで食い違う。後者はノモンハン事件に関してはソ連(現ロシア)には記録がないという。そのため見直しもされている。実際は、ソ連軍は日本軍の数倍の人員・武器を所持していたが、被害も日本の数倍であったらしい。そして日本側はソ連と比べ、少ない人員・武器のため損傷率にすれば圧倒的に日本側のほうが多かったのである。実数はソ連側のほうがはるかに多かったため、ソ連ないでは負け戦とみているようである。
また、他に今も問わされている「南京大虐殺」「従軍慰安婦の強制」に関しても真実が、意図的にゆがめられて、歴史の真相が不明になっている。
私なりの推測
南京大虐殺・・・・・もちろん戦闘行為はあった。時の中国には「遍衣兵」という兵が多くいた。それは軍服を着ていない私服の兵である。見かけは非戦闘員になり兵ではないが、れっきとした兵である。その戦闘による死者が一般市民と見られた。もちろん紛争に巻き込まれた一般市民もいたことは想像に難くない。そしてその犠牲者は3000万人と言われ、次に300万人になり、現在は30万人とされている。数字が刻々と変化してきている。また、虐殺の写真を見たことがあるが、殺される方が笑っていたり、まわりの者の視線が様々に向かって合成写真のようだったりもしている。また、殺害しようとしている人が中国人らしかったり、頭をかしげるようなものだったり。
余談であるが最近「アウシュビッツはなかった」という人までも現れた。実際ガス室に送られるユダヤ人の映像を見たが、多勢のユダヤ人が整然と並んでガス室に入っていくのを見て、なぜ暴動が起きないのかとも疑問に思った。こんな説が出るものなんかそこらあたりにあるのではとも思う。
従軍慰安婦・・・・軍または日本政府は強制はなかったということだと。もちろんあれば望ましいということはあった。ただ強制が生活苦のために強制的にやらされたというのは真実であるが、問題は日本政府または軍が連れ去ったということにしてしまっているのである。「生活苦のため嫌だけどやりました。」とは自分の立場上言えないのである。都合の悪いこと、自国に不利なことは認めないため歴史の真相が不明になるのである。そのため、証言が二転三転と。しかし、最近慰安婦は財政的にも精神的にも恵まれていたという資料も出てきていることも事実である。
こんなふうに歴史の真相を複雑にしているのである。勝者に都合のいいように・・・。
ところがさらに下って昭和にも真相が解らないことがある。例えば「日中戦争の勃発となった最初に弾丸を発したのは日中どちらか?」「ノモンハンは本当にソ連に負けたのか?」である。前者は日本と中国側の言い分がまるで食い違う。後者はノモンハン事件に関してはソ連(現ロシア)には記録がないという。そのため見直しもされている。実際は、ソ連軍は日本軍の数倍の人員・武器を所持していたが、被害も日本の数倍であったらしい。そして日本側はソ連と比べ、少ない人員・武器のため損傷率にすれば圧倒的に日本側のほうが多かったのである。実数はソ連側のほうがはるかに多かったため、ソ連ないでは負け戦とみているようである。
また、他に今も問わされている「南京大虐殺」「従軍慰安婦の強制」に関しても真実が、意図的にゆがめられて、歴史の真相が不明になっている。
私なりの推測
南京大虐殺・・・・・もちろん戦闘行為はあった。時の中国には「遍衣兵」という兵が多くいた。それは軍服を着ていない私服の兵である。見かけは非戦闘員になり兵ではないが、れっきとした兵である。その戦闘による死者が一般市民と見られた。もちろん紛争に巻き込まれた一般市民もいたことは想像に難くない。そしてその犠牲者は3000万人と言われ、次に300万人になり、現在は30万人とされている。数字が刻々と変化してきている。また、虐殺の写真を見たことがあるが、殺される方が笑っていたり、まわりの者の視線が様々に向かって合成写真のようだったりもしている。また、殺害しようとしている人が中国人らしかったり、頭をかしげるようなものだったり。
余談であるが最近「アウシュビッツはなかった」という人までも現れた。実際ガス室に送られるユダヤ人の映像を見たが、多勢のユダヤ人が整然と並んでガス室に入っていくのを見て、なぜ暴動が起きないのかとも疑問に思った。こんな説が出るものなんかそこらあたりにあるのではとも思う。
従軍慰安婦・・・・軍または日本政府は強制はなかったということだと。もちろんあれば望ましいということはあった。ただ強制が生活苦のために強制的にやらされたというのは真実であるが、問題は日本政府または軍が連れ去ったということにしてしまっているのである。「生活苦のため嫌だけどやりました。」とは自分の立場上言えないのである。都合の悪いこと、自国に不利なことは認めないため歴史の真相が不明になるのである。そのため、証言が二転三転と。しかし、最近慰安婦は財政的にも精神的にも恵まれていたという資料も出てきていることも事実である。
こんなふうに歴史の真相を複雑にしているのである。勝者に都合のいいように・・・。
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倅が私の読みかけの本を見て言う。「また廃墟か」と。どちらかというと軽蔑したふうに。私は廃墟に興味がある。古くは、城跡、観光課されていない天守閣などなく、天守閣跡と小さな看板があるようなところがいい。鉄筋コンクリート作りのエレベータ付きの城などは興ざめする。また、近世の廃墟(その多くは昭和)には何とも言えない朽ちてゆく過程の美しさがある。かつては大勢の家族が来て楽しんだだろう遊園地、ホテル、工場、学校など。大きな夢の足跡とさえ感じることが出来る。
かつての夢の欠片がまだ少し残っているような美しさを感じる。人は変わった趣味だとおもうでしょうが・・。
かつての夢の欠片がまだ少し残っているような美しさを感じる。人は変わった趣味だとおもうでしょうが・・。
昨年に生まれた子の数が百数万人だという。これは1970年代のおよそ半分である。また3年前から人口そのものも減少したという。それまでは増加率が減少だったが。
このままいけば日本は小じんまりした小ない人口の国になってしまうが、それもいいかなとも思う。(税金・年金問題はともかく)ただ、大学は今後さらに存続が難しくなりそうである。確か大学定員は八十万人くらいだったと思うが。今後倒産する大学が100を超えるだろうと予測する人がいるが、それもまんざら誇張でもない気がする。
このままいけば日本は小じんまりした小ない人口の国になってしまうが、それもいいかなとも思う。(税金・年金問題はともかく)ただ、大学は今後さらに存続が難しくなりそうである。確か大学定員は八十万人くらいだったと思うが。今後倒産する大学が100を超えるだろうと予測する人がいるが、それもまんざら誇張でもない気がする。
人は運のいい人と悪い人がいる。最初に何処に生まれてきたかがすでに運である。親子数代働かなくてもいいくらいのお金持ちに生まれるのか、赤貧洗うがごとくの家にうまれるのか、はたまた雪国に生まれるのか、暑い地方か、都会か田舎かである。生まれてきたところで人生のほぼ半分が決まると言っても過言ではない。たとえば熱帯地方に生まれた人は、よほどの事がない限りスキー・スケートの選手になり世間で名をあげることもないだろう。
そして育った家の環境にもよる。物心がつき自分の環境に気づき努力をしたところですでに遅しということもある。
また、さほど努力もしていないのに推薦でそこそこの学校に入り、就職もそこそこということもある。反面かなり努力をしているのであるが肝心の試験に体調をくずし、よくない結果を出すこともある。本人がかなりの努力をしているのに誰も認めてくれないこともある。所謂「縁の下の力持ち」が評価されないことである。しかし、私はそういう人は好きである。これは自分がそうだからかもしれない。
必死に働いているのに平均より低い所得。他に評価されない待遇。ほとんどの人はこれである。要領よく生きている人は好きになれない。これは一種の彼我み根性だろうか?
そして育った家の環境にもよる。物心がつき自分の環境に気づき努力をしたところですでに遅しということもある。
また、さほど努力もしていないのに推薦でそこそこの学校に入り、就職もそこそこということもある。反面かなり努力をしているのであるが肝心の試験に体調をくずし、よくない結果を出すこともある。本人がかなりの努力をしているのに誰も認めてくれないこともある。所謂「縁の下の力持ち」が評価されないことである。しかし、私はそういう人は好きである。これは自分がそうだからかもしれない。
必死に働いているのに平均より低い所得。他に評価されない待遇。ほとんどの人はこれである。要領よく生きている人は好きになれない。これは一種の彼我み根性だろうか?
昭和の中ごろ、市内に誰もが知るS子さんという女性がいた。この人の職業は糞尿の回収、すなわち当時「肥汲み」と言われる職業である。当時は水洗便所もなくほとんどの家庭が昔ながらの汲みとり式の便所であり、バキュームカーもあるにはあったが市全体をカバーすることも困難な時代であった。また車が入ることも出来ない狭い路地裏にも困難なときもあった。そのため人力が必要だったのである。
このS子さんの名は市長より有名で、市内にでは知らない人はいないくらいだった。ただしそのほとんどは名字を知らなかった。ただS子さんと呼ばれていたのである。仕事は大八車に桶をいくつか乗せ、ひしゃくで汲みだした糞尿を入れ家から家へと移動するのである。S子さんは前で大八車を引っ張り、後ろは無口な男性が押しているのである。ただただ黙って大八車を押すのである。S子さんとの関係は解らないが、どうも父親の様であった。
道を行けば、中学生くらいはからかうこともあっただろう。事実「昨日S子を見た。」とか「お前はS子見たいだ。」とふざけあっていた。しかしこのS子さんからかわれても怒ったということを聞いたことがない。いつも一所懸命に車を引き、お客さんには笑顔で対応してした様である。各家庭から「S子さん、うち頼むわ。」といえば「あいよ。」と元気のいい返事。「Sちゃん!次はうちね。」と声をかければ「あいよ。ここ終わったら行くよ。」という会話。職業柄、人からは下げずまれていたのだが、市民には愛されていたようである。
私が最後に見たのは、小学生の終わりか、中学生の初め頃だったと思うが、もう水洗便所が普及し始めた時である。自動車も多くなった市道で汗を拭きながら、いつものトレードマークの帽子をかぶり大八車を引いていた。その時の印象は、ずいぶん歳を取ったなというものであり、なぜか非想観を感じた。
彼女は知能的に劣る人だったと人は言っていたが、自分のやるべき仕事をしっかり理解していた人だった。存命ならもうかなりの高齢だと思うが、市民栄誉賞なんてものがあれば彼女ほど受章に適した人はいないと思う。
このS子さんの名は市長より有名で、市内にでは知らない人はいないくらいだった。ただしそのほとんどは名字を知らなかった。ただS子さんと呼ばれていたのである。仕事は大八車に桶をいくつか乗せ、ひしゃくで汲みだした糞尿を入れ家から家へと移動するのである。S子さんは前で大八車を引っ張り、後ろは無口な男性が押しているのである。ただただ黙って大八車を押すのである。S子さんとの関係は解らないが、どうも父親の様であった。
道を行けば、中学生くらいはからかうこともあっただろう。事実「昨日S子を見た。」とか「お前はS子見たいだ。」とふざけあっていた。しかしこのS子さんからかわれても怒ったということを聞いたことがない。いつも一所懸命に車を引き、お客さんには笑顔で対応してした様である。各家庭から「S子さん、うち頼むわ。」といえば「あいよ。」と元気のいい返事。「Sちゃん!次はうちね。」と声をかければ「あいよ。ここ終わったら行くよ。」という会話。職業柄、人からは下げずまれていたのだが、市民には愛されていたようである。
私が最後に見たのは、小学生の終わりか、中学生の初め頃だったと思うが、もう水洗便所が普及し始めた時である。自動車も多くなった市道で汗を拭きながら、いつものトレードマークの帽子をかぶり大八車を引いていた。その時の印象は、ずいぶん歳を取ったなというものであり、なぜか非想観を感じた。
彼女は知能的に劣る人だったと人は言っていたが、自分のやるべき仕事をしっかり理解していた人だった。存命ならもうかなりの高齢だと思うが、市民栄誉賞なんてものがあれば彼女ほど受章に適した人はいないと思う。
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