私が通った大学は当時学生運動がさかんで、社青同解放派といわれる人達が運動をしていた。私は当時参加することはなかったのだが、現在なって少し興味が湧き、「60年代社青同私記」なるものを読んでみた。60年代ゆえ私が大学在学のずっと以前のことである。
読んでみてどうも私の知識不足か、読解力の不足か、ピンとくることはなかった。しかし、当時の若者は有り余るエネルギーをこちらの方に向けていたということでは彼らを評価したい。(そのベクトルが正しいか否はともかく)
彼らには申し訳ないが、まあ、私には合うことのない世界である。私はノンポリを貫く。
追伸
この本を読んでいる時期に、元社会党党首の土井たか子氏が亡くなったというのも不思議な縁だろうか。
読んでみてどうも私の知識不足か、読解力の不足か、ピンとくることはなかった。しかし、当時の若者は有り余るエネルギーをこちらの方に向けていたということでは彼らを評価したい。(そのベクトルが正しいか否はともかく)
彼らには申し訳ないが、まあ、私には合うことのない世界である。私はノンポリを貫く。
追伸
この本を読んでいる時期に、元社会党党首の土井たか子氏が亡くなったというのも不思議な縁だろうか。
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今日は父親の命日である。朝、配偶者から「今日は何の日か解っている?」と言われ、たった今娘からもそれを知らせるメールがあった。
最近、自分は父親に似てきている。顔ももちろんだが、行動的にも。親父は職人で頑固だった。(最も昭和の親父はみんなそんなイメージであるが。)職人としてはそこそこの腕前だったが、およそ賞というものに縁がなく、ただ仕事をする人だった。家に出入りしている人たちは、市から栄誉ある賞をもらった人が何人もいるのにである。今、自分が仕事していてもおよそ賞というものに縁がない。これは後にそのような団体に入らないともらえないことに気づくのだが、親父も私も誘われても入らない。その団体の活動と言えば、旅行やゴルフなどの遊びの団体であるため、勿論ゴルフなんてやらない親父も私も煩わしいのである。そのため死ぬまで無名、決して表立ったことはしなかった。特に、腎臓を患ってからは死期を確認したのか、その傾向はさらにひどくなった。
私についていえば、親父の死んだ年まで、私はあと10年である。やはり表立ったこともせず、静かに人生を過ごしたい。
最近、自分は父親に似てきている。顔ももちろんだが、行動的にも。親父は職人で頑固だった。(最も昭和の親父はみんなそんなイメージであるが。)職人としてはそこそこの腕前だったが、およそ賞というものに縁がなく、ただ仕事をする人だった。家に出入りしている人たちは、市から栄誉ある賞をもらった人が何人もいるのにである。今、自分が仕事していてもおよそ賞というものに縁がない。これは後にそのような団体に入らないともらえないことに気づくのだが、親父も私も誘われても入らない。その団体の活動と言えば、旅行やゴルフなどの遊びの団体であるため、勿論ゴルフなんてやらない親父も私も煩わしいのである。そのため死ぬまで無名、決して表立ったことはしなかった。特に、腎臓を患ってからは死期を確認したのか、その傾向はさらにひどくなった。
私についていえば、親父の死んだ年まで、私はあと10年である。やはり表立ったこともせず、静かに人生を過ごしたい。
急に秋らしくなってきた。今現在も虫の音が聞こえる。日本は四季があるから素晴らしい。夜は涼しく、熱燗の美味しい季節。私の好きな季節でもある。四季を愛で、自然を愛で、酒を愛でる。これが自分の生き方。
敬老の日というのに敬老せず、例年通りに金華山登山。天気は雲があるが晴れ、気温もあまり高くなく申し分のない登山日和。もう何回登ったか解らないくらい。簡単に、ですがけっこうキツイ山です。途中の苦しさ、登った時の快適さ、何とも言えない充実した気分。
誰かを打ち負かすわけでもなく、自分のペースでゆっくり登る。スポーツと言えばこれほど健全なスポーツはない。自然と歴史に触れる金華山登山。何度でも行きたい。
追伸
本日のニュースで、富士山登山道脇に糞尿が放置されていると出ていた。世界遺産になったとたん、俄か登山家が増えたためらしい。自然界には浄化作用があるといえ、また便意をもよおしたら仕方がないとは言え、残念な話である。
誰かを打ち負かすわけでもなく、自分のペースでゆっくり登る。スポーツと言えばこれほど健全なスポーツはない。自然と歴史に触れる金華山登山。何度でも行きたい。
追伸
本日のニュースで、富士山登山道脇に糞尿が放置されていると出ていた。世界遺産になったとたん、俄か登山家が増えたためらしい。自然界には浄化作用があるといえ、また便意をもよおしたら仕方がないとは言え、残念な話である。
今年は京都へは二度行った。ゴールデンウイークには宮津天橋立、盆には愛宕山権現参りと京都駅周辺および宇治。夏前は丹後半島をボートで渡ったときの海の色がしばらく忘れられず、また盆の旅行は西本願寺の大伽藍、宿泊した昔ながらの小さな旅館、(2階への階段は狭く、うす暗く、かつて池田屋もこんなところだったんだろうか)を頻繁に思い出す。
念願の愛宕参りは、想像以上に険しく、明智光秀はこの道を歩いたのだろうかとも思い。市内では、七条油小路で伊東甲子郎の遭遇の碑を探したり、結局なく、がっかりしたのだが、こんな歴史上小さな事件の碑など京都の市内に建てていたら、京都中碑だらけだろうなとも思い、市内をキョロキョロ歩く。
何度でも行きたい京都である。
念願の愛宕参りは、想像以上に険しく、明智光秀はこの道を歩いたのだろうかとも思い。市内では、七条油小路で伊東甲子郎の遭遇の碑を探したり、結局なく、がっかりしたのだが、こんな歴史上小さな事件の碑など京都の市内に建てていたら、京都中碑だらけだろうなとも思い、市内をキョロキョロ歩く。
何度でも行きたい京都である。
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