今日は、亡き親父の誕生日、生きていれば86歳である。まだ生きていても不思議でない歳である。私にとって親父は、いつもにらみをきかし、怖い存在であった。しかし、自分が親となった時にはその怖さは必要なものであった。親のすべてを肯定しているわけではない。残念ながら、戦後から昭和の終わりにかけて時代についていけないことによる判断もあっり、ときには私を否定することもあった。
しかし、今の自分はどうだろうか。はやり時代についていくことの出来ない自分である。自分の職業である、個人塾・日本刀製作に携わる仕事。どちらも時代についてゆくことの出来ない生業、方法である。それが世間にはもう必要のないものであることも充分承知している。しかし、自分の人生はそれでいいではないか。いまさら変えることも出来ず、このまま全うしていきたい。自分の義務としては、家を作ること、子供を医者にすること、娘を女子大に入れ、嫁入りさせることであった。そのどれも不十分ながらも自分としては満足している。
今後は、子供を否定することなく、今ある仕事を貪欲にならずに大切にこなしてゆきたい。人生後戻りも出来ず、その必要もない。毎日を生きてゆきます。
しかし、今の自分はどうだろうか。はやり時代についていくことの出来ない自分である。自分の職業である、個人塾・日本刀製作に携わる仕事。どちらも時代についてゆくことの出来ない生業、方法である。それが世間にはもう必要のないものであることも充分承知している。しかし、自分の人生はそれでいいではないか。いまさら変えることも出来ず、このまま全うしていきたい。自分の義務としては、家を作ること、子供を医者にすること、娘を女子大に入れ、嫁入りさせることであった。そのどれも不十分ながらも自分としては満足している。
今後は、子供を否定することなく、今ある仕事を貪欲にならずに大切にこなしてゆきたい。人生後戻りも出来ず、その必要もない。毎日を生きてゆきます。
PR
学生時代に読んだ、吉川英治「新書太閤記」を読み始めました。全8巻ゆえゆっくり途中で他の本も読みながら読み終えるつもり。
1ページ1ページを開くたび二十歳の頃の自分がいるようで、ワクワクします。
1ページ1ページを開くたび二十歳の頃の自分がいるようで、ワクワクします。
昨年末、俳優、佐藤允がなくなったという。私は戦争映画が好きで、(親父に連れられてよく見に行ったせいですが)、佐藤允が出ない戦争映画は戦争映画でないというくらいでした。独立愚連隊・山猫作戦・加藤隼戦闘隊、またテレビでは遊激戦など戦闘機乗り、陸軍歩兵なんでも様になったものである。
いい役者だった。戦争映画がまた見たいものである。
いい役者だった。戦争映画がまた見たいものである。
また、嫌なニュースがあった。大阪のバスケットボールの強豪の高校の主将が自殺したという。部活の顧問がミスをした生徒への体罰が原因だという。主将ゆえ、殴られる度が他部員より多かったという。高校2年という若さで命を絶ったのである。スポーツ名門校と言われる学校はどこも似たり寄ったりだと思うが、もう少しスポーツを楽しむことは出来ないのだろうか。
地域・学校・親の過度な期待、ミスした部員への執拗な批判・・・・。これは間違いなくイジメである。勝者をたたえ、敗者切り捨ての学校のスポーツはもはや教育というものではない。どんなことであれ、それが原因で若者一人の命がなくなったのである。職業柄個人的にもスポーツの指導者の扱いにより、登校拒否、学業成績不振、友達関係の悪化の例を少なからず見ている。なんとかならないのだろうか・・・・・。
追伸
文科省は昨年度は体罰によりなんらかの処分を受けた教員は404人いたと発表した。その中で部活動中の体罰は110人いたという。体罰は絶対駄目だとは思わないが、ミスしたこと、試合に負けたことの体罰は許されることではない。
なぜ、試合に勝ったのか・・・・・・・堪えは敗者がいたからである。なぜこんな簡単なことが解らないのだろうか?負けてくれたから勝ったのである。
地域・学校・親の過度な期待、ミスした部員への執拗な批判・・・・。これは間違いなくイジメである。勝者をたたえ、敗者切り捨ての学校のスポーツはもはや教育というものではない。どんなことであれ、それが原因で若者一人の命がなくなったのである。職業柄個人的にもスポーツの指導者の扱いにより、登校拒否、学業成績不振、友達関係の悪化の例を少なからず見ている。なんとかならないのだろうか・・・・・。
追伸
文科省は昨年度は体罰によりなんらかの処分を受けた教員は404人いたと発表した。その中で部活動中の体罰は110人いたという。体罰は絶対駄目だとは思わないが、ミスしたこと、試合に負けたことの体罰は許されることではない。
なぜ、試合に勝ったのか・・・・・・・堪えは敗者がいたからである。なぜこんな簡単なことが解らないのだろうか?負けてくれたから勝ったのである。
昨夜、テレビで「山本五十六」を見た。これは昨年映画館で見たものである。改めて見直すと穏やかな闘将山本五十六が描かれている映画である。
歴史の中で「もし」(ヒストリカルイフ)はタブーであるが、あえてここでは述べる。
ミッドウェイは負ける戦ではなかった。山本五十六の敵空母を誘い出し、一気に勝負をつける目的と、陸軍のミッドウェイ島を攻略せんとする考えが一致してなかったことによる。(この時の陸軍は一木支隊が上陸要員として配属されていた。結局作戦中止により上陸できず彼らはガタルカナルで全滅する)またそれに伴う南雲中将の優柔不断の決意のなさにより陸上攻撃か空母攻撃かにより、陸上爆弾を装備するか魚雷を装備するかに迷っている間に戦機期を逃す羽目になる。また、この時期旗艦は大和にありこれは戦局とは関係のないはるか後方にいた。このときミッドウェイ島の攻略は戦艦軍にやらせればよかったのである。この戦いは空母だけで戦ったのである。そのため大和・武蔵は大和ホテル・武蔵屋旅館といわれた。またそれ以前に山本は大和は「床の間の置物くらいにはなるだろう」と言い、実用性は認めなった。
しかし、その戦法は戦艦比叡を中心としガタルカナルで使っている。しかし、その時も大和はいなかった。
まあ、結末を知っている後の人の批評である。
追伸
香川照之の演ずる新聞記者は戦中は、戦争を煽る記事を書き、戦後は民主主義を大きく出すという役柄は、ほとんどの当時の日本人像のように感じる。
歴史の中で「もし」(ヒストリカルイフ)はタブーであるが、あえてここでは述べる。
ミッドウェイは負ける戦ではなかった。山本五十六の敵空母を誘い出し、一気に勝負をつける目的と、陸軍のミッドウェイ島を攻略せんとする考えが一致してなかったことによる。(この時の陸軍は一木支隊が上陸要員として配属されていた。結局作戦中止により上陸できず彼らはガタルカナルで全滅する)またそれに伴う南雲中将の優柔不断の決意のなさにより陸上攻撃か空母攻撃かにより、陸上爆弾を装備するか魚雷を装備するかに迷っている間に戦機期を逃す羽目になる。また、この時期旗艦は大和にありこれは戦局とは関係のないはるか後方にいた。このときミッドウェイ島の攻略は戦艦軍にやらせればよかったのである。この戦いは空母だけで戦ったのである。そのため大和・武蔵は大和ホテル・武蔵屋旅館といわれた。またそれ以前に山本は大和は「床の間の置物くらいにはなるだろう」と言い、実用性は認めなった。
しかし、その戦法は戦艦比叡を中心としガタルカナルで使っている。しかし、その時も大和はいなかった。
まあ、結末を知っている後の人の批評である。
追伸
香川照之の演ずる新聞記者は戦中は、戦争を煽る記事を書き、戦後は民主主義を大きく出すという役柄は、ほとんどの当時の日本人像のように感じる。
カレンダー
カテゴリー
フリーエリア
最新コメント
最新トラックバック
プロフィール
HN:
夢想
性別:
男性
ブログ内検索
最古記事
(11/04)
(11/04)
(11/07)
(11/09)
(11/12)
P R
カウンター