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 北朝鮮の指導者金正日が亡くなったという。発表から二日程経ってからの発表であるが、よく発表したという感じだ。彼の業績をたたえる北側の報道では、「革命」という言葉が頻繁に出てくる。さて、彼は革命家だったのか政治家だったのかという疑問が湧いた。(別にどちらでもいいのですが・・・)金正日は父親の金日成の後を継いでトップに立ったことを考えると、政治家であるような気がする。さて次の正恩氏も政治家として後を継ぐのか、革命家として大ナタを振るい北朝鮮を変革していくのだろうか?
 革命家として真っ先に挙げられるのはチェ・ゲバラである。彼はアルゼンチン出身の医者で、盟友フュデル・カストロとキューバ革命を成功させた後、国立銀行総裁、工業省大臣などを歴任。およそ10年間キューバで政治家(革命の延長でもあるが)として活動していた。しかし彼はやはり『革命家』であった。そのため、誰が考えても不利な「ボリビア人民解放軍」を組織、壮絶なゲリラ戦のあとイゲラ村でボリビア軍に処刑されている。ゲバラは政治家として生きることよりも『革命家』と死ぬことを選んだとしか思えない。
 また日本では西郷隆盛は革命家であり、政治家としては大久保利通には及ばなかった。そのためやはり不利な条件で西南戦争を起こし死んだ。この二人は男の生き方としてロマンさえ感じる。ちなみに板垣退助は軍人としては二流で政治家としては一流だった。
 革命家と政治家はまったく別ものなんだろうと思う。(どちらが上かとは言っていない)
いま日本には「革命家」「政治家」はいるのだろうか?「政治屋」は大勢いるような気がしますが・・・・。
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 ある、育児相談で、「乳幼児は脱水症状をおこすことがあるので、時々白湯(さゆ)をのませるように。」と言われたそうである。その時若いお母さん曰く「白湯はどこに売っているのですか?」・・・・こんな話を我が女房が聞いたと私に話してくれました。白湯とはなんであるかを知らないようである。
 ときどき今の若い人たち(お年をめした方もいるが)が恐ろしいほどものを知らない人がいる。時として会話が成り立たないときがある。そんな人たちに言わせれば「学校で習っていない。」という。まあそんな人たちは学校で教えてもらったこともロクに覚えていないでしょうが・・・。少し前まで、所謂「おバカタレント」といわれる方々がクイズ番組でチンプンカンプンな答えを言い、笑いを誘うという番組をやっていました。それがやらせであるかどうかはともかく。小学生レベルの知識も乏しいアイドルタレントが着飾って、的外れな答えを言うのは見てて不快感がありました。着飾る前に、仕事をするために社会人になる前に、知っていなければならない最低限の知識はあるのではないでしょうか。・・・・昭和人間のボヤキです。
 ちょうど70年前の今日、旧日本海軍はハワイに集結していた、米機動部隊を奇襲攻撃する。太平洋戦争が始まった日である。山本五十六(最近映画になった)が立案。(ちなみに彼は最後まで対米戦争は反対していた)総攻撃指揮官は淵田美津雄大佐として湾内に停留中であった米戦艦軍を攻撃。一番の目標の空母エンタープライズは他場所にいて無傷。そして特殊潜航艇にて湾内に侵入していた10人(二人乗り5隻)のうち9人が戦死。酒巻和男少尉は漂流中を捕えられ捕虜第1号となる。彼は数年前に他界したが、その家族、本人はかなり苦しんだという。ちなみに戦死者9人は「昭和の軍神」として讃えられる。
 状況を述べると切りがないが、当時のことを調べると、日本がアメリカの挑発に乗ってしまったとしか思えない。米は日本が仕掛けてくるのを待っていたようである。米のハル国務長官によるハルノートといわれるものには「日本いじめ」としか思われない内容もある。(もっとも日本は当時中国いじめもやっていた。しかしこれは日本だけでなく欧州諸国も中国に進出していたのである。欧米が中国を支配下におけば次は日本と思うのは当然のようであるが。しかし中国の方は日本だけを目の敵にしているような気もしないことはない・・・余談)
 戦争反対は当然であるが、当時としてはまさに「窮鼠猫を噛む」の状況だった。戦争は勝った方が正義とされてしまうが・・・・。反戦・非戦を唱える若者よ!歴史の勉強をしよう。
(注)
決して戦争を肯定しているのではない。当時の状況を思うとそうならざるをえなかったと思ってしまう。
 よくもまあ、29年間大したピンチもなく、やってきました。我が配偶者に感謝しています。不謹慎にも30回忌とタイトルを付けましたが、結婚とは「青春の葬式」なんでしょうね。結婚は、一人の人の人生を道ずれにすることなのです。間違った道を(本人にとって)歩む危険性もあるのです。自分のことと同じくらい配偶者のことも考えなければならないし、子どもが出来れば、自分のことより家族のことを優先にしなければならないし、仕事でいやなことがあっても家族がある以上投げ出すこともできない、ある意味では夢を半分諦めなければならないのですね。だから「青春の葬式」なのです。
 しかし、今、私は子供が自立した以上ある程度務めを果たしたとも思っています。だから今「青春復活」なのです。後何年生きるのかわからないですが、再び夢を持ち、肩の力を抜いて、配偶者と生きてゆきたいと思っています。配偶者よ!私の我儘にもう少し付き合ってくだされ!
1970年(昭和45年)この日、東京市ヶ谷の自衛隊バルコニーで作家三島由紀夫が演説、そして割腹自殺。戦後の大きな事件があった日である。当時中学生だった私はとても興味をもち、中学、高校と三島作品を多く読む。三島美学とさえいわれた三島作品。「仮面の告白」「金閣寺」など読むが、三島の思想には賛同できなかった。さきほどYouTubeで演説シーンを見たが、不謹慎だがかっこいい。ちなみに楯の会会員数人と自衛隊に乱入したのであるが、その中に我が大学のOBがいた。下宿のおばさんがあの時は警察が来たりして大変だったといっていた記憶がある。もう忘れ去られた昭和の大事件であるが、この日は毎年思い出す。昭和は遠くなってしまった。
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