今日は父親の命日である。朝、配偶者から「今日は何の日か解っている?」と言われ、たった今娘からもそれを知らせるメールがあった。
最近、自分は父親に似てきている。顔ももちろんだが、行動的にも。親父は職人で頑固だった。(最も昭和の親父はみんなそんなイメージであるが。)職人としてはそこそこの腕前だったが、およそ賞というものに縁がなく、ただ仕事をする人だった。家に出入りしている人たちは、市から栄誉ある賞をもらった人が何人もいるのにである。今、自分が仕事していてもおよそ賞というものに縁がない。これは後にそのような団体に入らないともらえないことに気づくのだが、親父も私も誘われても入らない。その団体の活動と言えば、旅行やゴルフなどの遊びの団体であるため、勿論ゴルフなんてやらない親父も私も煩わしいのである。そのため死ぬまで無名、決して表立ったことはしなかった。特に、腎臓を患ってからは死期を確認したのか、その傾向はさらにひどくなった。
私についていえば、親父の死んだ年まで、私はあと10年である。やはり表立ったこともせず、静かに人生を過ごしたい。
最近、自分は父親に似てきている。顔ももちろんだが、行動的にも。親父は職人で頑固だった。(最も昭和の親父はみんなそんなイメージであるが。)職人としてはそこそこの腕前だったが、およそ賞というものに縁がなく、ただ仕事をする人だった。家に出入りしている人たちは、市から栄誉ある賞をもらった人が何人もいるのにである。今、自分が仕事していてもおよそ賞というものに縁がない。これは後にそのような団体に入らないともらえないことに気づくのだが、親父も私も誘われても入らない。その団体の活動と言えば、旅行やゴルフなどの遊びの団体であるため、勿論ゴルフなんてやらない親父も私も煩わしいのである。そのため死ぬまで無名、決して表立ったことはしなかった。特に、腎臓を患ってからは死期を確認したのか、その傾向はさらにひどくなった。
私についていえば、親父の死んだ年まで、私はあと10年である。やはり表立ったこともせず、静かに人生を過ごしたい。
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急に秋らしくなってきた。今現在も虫の音が聞こえる。日本は四季があるから素晴らしい。夜は涼しく、熱燗の美味しい季節。私の好きな季節でもある。四季を愛で、自然を愛で、酒を愛でる。これが自分の生き方。
敬老の日というのに敬老せず、例年通りに金華山登山。天気は雲があるが晴れ、気温もあまり高くなく申し分のない登山日和。もう何回登ったか解らないくらい。簡単に、ですがけっこうキツイ山です。途中の苦しさ、登った時の快適さ、何とも言えない充実した気分。
誰かを打ち負かすわけでもなく、自分のペースでゆっくり登る。スポーツと言えばこれほど健全なスポーツはない。自然と歴史に触れる金華山登山。何度でも行きたい。
追伸
本日のニュースで、富士山登山道脇に糞尿が放置されていると出ていた。世界遺産になったとたん、俄か登山家が増えたためらしい。自然界には浄化作用があるといえ、また便意をもよおしたら仕方がないとは言え、残念な話である。
誰かを打ち負かすわけでもなく、自分のペースでゆっくり登る。スポーツと言えばこれほど健全なスポーツはない。自然と歴史に触れる金華山登山。何度でも行きたい。
追伸
本日のニュースで、富士山登山道脇に糞尿が放置されていると出ていた。世界遺産になったとたん、俄か登山家が増えたためらしい。自然界には浄化作用があるといえ、また便意をもよおしたら仕方がないとは言え、残念な話である。
今年は京都へは二度行った。ゴールデンウイークには宮津天橋立、盆には愛宕山権現参りと京都駅周辺および宇治。夏前は丹後半島をボートで渡ったときの海の色がしばらく忘れられず、また盆の旅行は西本願寺の大伽藍、宿泊した昔ながらの小さな旅館、(2階への階段は狭く、うす暗く、かつて池田屋もこんなところだったんだろうか)を頻繁に思い出す。
念願の愛宕参りは、想像以上に険しく、明智光秀はこの道を歩いたのだろうかとも思い。市内では、七条油小路で伊東甲子郎の遭遇の碑を探したり、結局なく、がっかりしたのだが、こんな歴史上小さな事件の碑など京都の市内に建てていたら、京都中碑だらけだろうなとも思い、市内をキョロキョロ歩く。
何度でも行きたい京都である。
念願の愛宕参りは、想像以上に険しく、明智光秀はこの道を歩いたのだろうかとも思い。市内では、七条油小路で伊東甲子郎の遭遇の碑を探したり、結局なく、がっかりしたのだが、こんな歴史上小さな事件の碑など京都の市内に建てていたら、京都中碑だらけだろうなとも思い、市内をキョロキョロ歩く。
何度でも行きたい京都である。
最近ラジオで過払い金請求でお金が取り戻せるというCMが流れている。その内容は、支払った後でも返金されるという。知人の話では取り戻した金額の9割を弁護士事務所が持っていくという。また、実際、高利貸しを営んでいて過払い金請求で数億円を返金し事業をやめた人も知人としている。
だいたい、お金を借りる時は利子が付くのは当たり前であり、その時は納得し契約をしたのである。それを後になって第三者が訴えることはおかしいのではないか。ただもめごとを造ったにすぎないような気もする。
男女の行為が行われ、いくばくかの金額を払い、何十年も経って「あれは強制された」と騒ぐのに等しい。その時はお互いに納得したのである。
だいたい、お金を借りる時は利子が付くのは当たり前であり、その時は納得し契約をしたのである。それを後になって第三者が訴えることはおかしいのではないか。ただもめごとを造ったにすぎないような気もする。
男女の行為が行われ、いくばくかの金額を払い、何十年も経って「あれは強制された」と騒ぐのに等しい。その時はお互いに納得したのである。
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