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 新日本プロレスに星野勘太郎という小柄なレスラーがいた。同じく小柄の山本小鉄とヤマハブラザーズと称し、前座ではそこそこ人気があった。ちなみに彼らはアメリカでタッグ王座を3つ取ったことがあるという。(王座名は不明)日本では、国際プロレスとの対抗戦でIWA世界タッグ王座に一度就いたことがあるが、すぐに取り返される。まあどちらかというと玄人受けする地味なレスラーである。
 かつてプロレス黄金時代である、私が十代のなぜか星野勘太郎はタッグでメインイベントに出ることが多く外人にボコボコにやられ、いいとこなしで一本目は取られる。二本目も張りきって出るがいいところなしでやられ、見ている者の欲求不満を最高に上げ、エースの猪木にタッチ、そして猪木が勝ちに持っていくのがお決まりパターンであった。やられても、やられても次週のカードには入っているという気の毒なレスラーであった。
 そして、プロレス人気に陰りがみられても、リストラされることなく、引退しても山本小鉄は審判部長、星野勘太郎は魔界クラブの総裁としてブラウン管に登場する。二人ともなぜか新日本プロレスには必要な人材だったようである。
 少し、プロレスに詳しい人なら知っているのだろうが、星野勘太郎は日本プロレス時代、猪木と組んでNWAタッグリーグで優勝している。当時、私はこれは猪木に対するイジメだ。星野と組んだら何ともならない!と思ったのであるが、並いる強豪を倒し、優勝したのである。星野が唯一輝いたときである。その時も星野はやられ役、それを猪木が上手くリードしたのである。さらに詳しい人なら、インターバルのとき苦し紛れに星野が水を飲もうとしたとき、猪木が大声で「飲むな!」と叫び、星野を今で言う闘魂ビンタをしたことを知っているだろう。私はこれは覚えているが、対戦相手は誰だったか思い出せない。
 このことがあり、星野は猪木を絶対信頼し、神ともいい仰ぐ。そして、絶えず「やられ役」に徹するのである。彼の後輩レスラーの評価では、山本小鉄は「鬼コーチ」または「鬼軍曹」と言われ、藤原嘉明なんかは本当に殺そうかと思ったという。そして星野は「あれほどケンカに強い人はいない!」と評される。その強い人がいつもやれれ役なのである。 
 彼らは、自分の位置というのがよく理解していた。いつもやられ、エースのつなぐという自分の立場である。見ている者にはストレスを与えることを。そしてエースはそのストレスを解消する役なのである。いわば名脇役である。
 人は自分というものを知らなければならない。これが解らないと、今のプロレス界然り、政治の世界でもそうであるが、皆がエースになりたがり、船頭多くして船山に登る、状態なのである。
 ちなみに彼は、盟友山本小鉄が心不全で急に亡くなったあと、その数カ月後闘病の後に息を引き取る。最後まで他を称える名脇役であった。
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