19日の日曜日に岐阜市で「清流ハーフマラソン」があった。そこで作家井沢元彦さんが完走したという。59歳ということであるがまだまだ若くカッコイイ。なんでも第1回目からの連続参加だそうだ。氏曰く「岐阜城を見上げながら走れるコースは何度走ってもいい。長良川を渡る風が涼しく、気持ちいい。」
私は、走るのは遠慮したいが、歩くことは好きだ。岐阜城のある金華山は毎年登っている。清流長良川を下に見てする登山は格別である。この時ほど岐阜に生まれてよかったと思うことはない。近近行きたいです。
お年を召した方が、白髪をなびかせ、背筋を伸ばして山道を登る姿はカッコイイです。そんな年寄りになりたい。
ちなみ私は井沢元彦氏と偶然、安土で出会った。不謹慎ながら声をかけました。氏はもったいぶらずに答えてくれました。
私は、走るのは遠慮したいが、歩くことは好きだ。岐阜城のある金華山は毎年登っている。清流長良川を下に見てする登山は格別である。この時ほど岐阜に生まれてよかったと思うことはない。近近行きたいです。
お年を召した方が、白髪をなびかせ、背筋を伸ばして山道を登る姿はカッコイイです。そんな年寄りになりたい。
ちなみ私は井沢元彦氏と偶然、安土で出会った。不謹慎ながら声をかけました。氏はもったいぶらずに答えてくれました。
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昨日、一昨日と初夏を思わせるような日です。本日は昨日より気温は低いですが、それでも初夏のような私にとってちょうどいいくらいの気候です。事務所の窓から見ることのできる田には水が入りました。そのためか窓から入ってくる風は気持のいい風です。梅雨は嫌ですが、夏は好きです。
三度目です。これを読んだのは、やはり司馬遼太郎はいい。文章が読みやすい。土方歳三の男の生き方はカッコいい。
司馬作品は何度読んでも感動する。これからも再読、再々読をするつもり。
司馬作品は何度読んでも感動する。これからも再読、再々読をするつもり。
GW中に大阪に行きました。子供のころに大阪に行ったときのイメージは、「汚い、怖い、コテコテの大阪弁」であったが今回の旅行では、それはまったくありませんでした。綺麗な街(ごちゃごちゃしてたが)でした。コテコテの大阪弁も聞くことなし(多少の関西弁くらい)。日本中の大都市が東京化しているのかなとも思ったもんです。ただお土産は大阪を表に出したものが多く、大阪人の東京に負けずという気もしたものです。
さて、大阪では「○○してはる」というのが立派な尊敬語である。すなわち動詞のあとに「してはる」をつけるのである。名古屋を中心としたこの地方は動詞の後に「さる」をつけるのである。たとえば「おりんさる。」「やっとんさる。」などはきちんとした尊敬語なのである。東京に住んでいたころ「おられます。」と言ったら「みえています」と言えと言われたことがありました。しかし、私はこれでいいと思う。わざとらしくなく、自然に出てくる方言は決して悪くないものである。
さて、大阪では「○○してはる」というのが立派な尊敬語である。すなわち動詞のあとに「してはる」をつけるのである。名古屋を中心としたこの地方は動詞の後に「さる」をつけるのである。たとえば「おりんさる。」「やっとんさる。」などはきちんとした尊敬語なのである。東京に住んでいたころ「おられます。」と言ったら「みえています」と言えと言われたことがありました。しかし、私はこれでいいと思う。わざとらしくなく、自然に出てくる方言は決して悪くないものである。
よく、予想できないいいことがあったとき「夢じゃないかしら?」とほっぺたをつねってみる。痛ければ現実、痛くなければ夢の中である。しかし、昨夜の私の夢は、取っ組み合いのけんかの夢。そしてその結果、体中が痛くてたまらないのある。夢の中でも確かに痛さは感じるのである。もちろん朝目覚めたときは痛さはありません。夢でも痛さは感じるのである。
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